過去のコンサート

吉田隆子の世界 2013年4月10日

チラシ


吉田隆子 生誕100年記念コンサート 2010年12月5日

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ファランク生誕200年記念コンサート  2004年10月30日

女性作曲家を聴くーその6

女性作曲家を聴くーその6
19世紀フランス室内楽の頂点を極めた女性作曲家!
An outstanding composer of chamber music in 19th century France.

ルイーズ・ファランクLouise Farrenc (1804-1875)

生誕200年記念コンサート
Commemorative concert on the 200th anniversary of her birth.


プログラム Program
フルート三重奏曲 ホ短調 作品45 (1857初演)
Trio for piano, flute and cello in E minor, op. 45

ピアノ五重奏曲 第1番 イ短調 作品30 (1839)
Quintet for piano, violin, cello and double bass in A minor, op. 30

六重奏曲 (木管5部+ピアノ) ハ短調 作品40 (1852)
Sextet for piano, flute, oboe, clarinet, basoon and horn in C minor, op. 40

九重奏曲 (弦4部+木管5部) 変ホ長調 作品38 (1849)
Nonet (5 woodwinds and 4 strings) in E-flat major, op. 38



出演者 Players  

佐久間由美子(フルート) SAKUMA Yumiko, flute

プロフィール

 佐久間由美子(フルート) SAKUMA Yumiko, flute


 パリ国立音楽院を満場一致のプルミエ・プリを得て卒業。1983年パリ市主催ランパル国際コンクール第1位、1989年松村賞ほか多数受賞。主要オーケストラとの共演に加え、室内樂においても幅広く活躍し注目を集めている。現在、東京芸術大学、国立音楽大学講師。


広田 智之(オーボエ) HIROTA Tomoyuki, oboe

プロフィール

広田 智之(オーボエ) HIROTA Tomoyuki, oboe

国立音楽大学在学中に日本フィルハーモニー交響楽団入団。2000年9月にソリストデビューし、日本初となるソロ・オーボエ契約を同楽団と結ぶ。2001年には最新ソロ・アルバム『青の宇宙』がリリースされた。現在、日本オーボエ協会常任理事、昭和音楽大学講師。


高橋 知己(クラリネット) TAKAHASHI Tomomi, clarinet

プロフィール

高橋 知己(クラリネット) TAKAHASHI Tomomi, clarinet


国立音楽大学首席卒業。東京交響楽団を経てデトモルト北西ドイツアカデミーへ留学。同アカデミーを首席で卒業後、ゲルゼンキルヘン・フィルハーモニー管弦楽団に首席クラリネット奏者として入団。オイロス・アンサンブルを主宰。現在、洗足学園大学客員教授、京都市立芸術大学講師。


水谷 上総(ファゴット) MIZUTANI Kazusa, bassoon

プロフィール

水谷 上総(ファゴット) MIZUTANI Kazusa, bassoon


京都市立芸術大学卒業後、ドイツ学術交流会給費留学生としてデトモルト音楽大学に留学。同大学を最優秀で卒業の後、ライン・ドイツ歌劇場管弦楽団を経て、群馬交響楽団に入団。2000年からNHK交響楽団ファゴット首席奏者に就任。現在、東京音楽大学講師。


吉永 雅人(ホルン) YOSHINAGA Masato, horn

プロフィール

吉永 雅人(ホルン) YOSHINAGA Masato, horn

東京音楽大学在学中から新日本フィルハーモニーに入団。その後ミュンヘン市立R.シュトラウス音楽院へ留学。2001年にカザルスホールにてソロ・リサイタルを開催、現在、新日本フィルハーモニー交響楽団首席奏者、桐朋学園大学及び桐朋学園芸術短期大学講師。


松原 勝也(ヴァイオリン) MATSUBARA Katsuya, violin

プロフィール

 松原 勝也(ヴァイオリン) MATSUBARA Katsuya, violin

 東京芸術大学在学中に安宅賞を受賞、このほかクライスラー国際コンクールにて上位入賞など多数受賞。これまでに新日本フィルハーモニー交響楽団コンサートマスターを歴任。現在、霧島国際音楽祭講師、静岡AOIレジデンス・クァルテットメンバー、東京芸術大学音楽学部助教授。


川本 嘉子(ヴィオラ) KAWAMOTO Yoshiko, viola

プロフィール

川本 嘉子(ヴィオラ) KAWAMOTO Yoshiko, viola

桐朋学園大学卒業。1992年ジュネーブ国際コンクール、ヴィオラ部門での最高位(1位なしの2位)、1996年村松賞ほか多数受賞、これまでに東京都交響楽団首席ヴィオラ奏者を努め、現在、京都アルティ弦楽四重奏団、AOIレジデンス・クァルテットメンバー。


藤森 亮一(チェロ) FUJIMORI Ryoichi, cello

プロフィール

 藤森 亮一(チェロ) FUJIMORI Ryoichi, cello
 

 東京音楽大学卒業後ミュンヘンへ留学。モルゴーア・クァルテットのメンバーを務め、1998年村松賞受賞。1999年、オペラシティでソロ・リサイタルを開催、また、2002年にはソロ・アルバム『ララバイ』をリリースした。NHK交響楽団に1987年入団、現在、同楽団首席チェロ奏者、国立音楽大学講師。


吉田  秀(コントラバス) YOSHIDA Shu, double bass

プロフィール

吉田  秀(コントラバス) YOSHIDA Shu, double bass
東京芸術大学卒業、同大学院終了。1991年からNHK交響楽団入団。アール・レスピラン、オイロス・アンサンブルのメンバーを務めるほか、ヴォルフガング・サヴァリッシュやカルミナ弦楽四重奏団などと共演。現在、NHK交響楽団コントラバス奏者、京都市立芸術大学、東京音学大学講師。


長尾 洋史(ピアノ) NAGAO Hiroshi, piano

プロフィール

長尾 洋史(ピアノ) NAGAO Hiroshi, piano

東京芸術大学卒業、同大学院終了後、パリのエーコル・ノルマルに留学。主要オーケストラとの共演ほか、1999年からは自ら「長尾洋史 アンサンブルシリーズ」を開催。また、2001年には『エボカシオン』をリリースした。現在、アンサンブル・エスパスのメンバー、東京芸術大学、国立音楽大学講師。



2004年10月30日(土) 14:00開演
30 October, 2004 at 14:00

会場: 東京文化会館小ホールTokyo Bunka Kaikan Recital Hall

入場 料: 前売り4,000円、当日4,500円  (全席自由席)

助成: 財団法人 花王芸術・科学財団
Financially supported by the Kao Foundation For Arts and Sciences

後援: フランス大使館 
Under the auspices of the French Embassy in Japan

主催: 女性と音楽研究フォーラム
Organized by Women & Music Study Forum

パリのコンサート 2003年3月28日

日本の5人の女性作曲家とタイユフェール

日本の5人の女性作曲家とタイユフェール
Cinq compositrices japonaises et Germaine Taileferre


2003年3月28日(金)20:30開演
会 場 パリ日本文化会館大ホール
18:00 プレレクチャー 辻 浩美(小ホール)  
入場料:12ユーロ
共催:女性と音楽研究フォーラム・パリ日本文化会館 
助成:国際交流基金 協力:ヤマハフランス

le 28 mars 2003, 20h30
à la Maison de la culture du Japon de Paris

当フォーラム代表小林緑が昨年4月にパリを訪れた際、パリ日本文化会館から積極的な賛同をいただき、女性と音楽研究フォーラム主催で当コンサートを開催しました。

このコンサートは、日本の女性たちの作品を実演によってフランスの人々に味わっていただくと共に、日仏の文化交流も目指した企画でした。そのため、プログラム構成には、企画意図と演奏の質の両面から高い評価を得た「日本の女性作曲家展」(2001年2月3日、東京文化会館小ホール)に近い内容に加え、取り上げる日本女性たちとほぼ同時代を生きたフランスの女性作曲家ジェルメーヌ・タイユフェール作品を交えました。また、コンサートに先立って、日本の<女性と音楽>を取り巻く状況や、取り上げる女性作曲家たちについて紹介するレクチャーを行いました。

プログラム Programme

日本の5人の女性作曲家とタイユフェール
Cinq compositrices japonaises et Germaine Taileferre

金井喜久子Kikuko KANAI(1906-1986)
<ピアノ曲>    『琉球舞踊組曲』より
    -「月夜の乙女たち」(1940?)

松島 彜Tsune MATSUSHIMA(1890-1985)
「藻塩草」(1935?) 
「ヴァルス」(1933)


金井喜久子Kikuko KANAI(1906-1986)
<歌  曲>      『沖縄の歌』(1962)より
     -「東西東西」 岸和一郎詩
     -「ハイビスカス」 川平朝申詩

  渡  鏡子Kyoko WATARI(1916-1974)
「ある日海辺で」(1966)鶴見正夫詩
「ママの立ち話」(1968)柴野民三詩


ジェルメーヌ・タイユフェール
Germaine TAILLEFERRE(1892-1983)

<ピアノ曲>
<ヴァイオリン曲>
<歌曲>


「フランスの花々」(1930) 
「ヴァイオリン・ソナタ第2番」(1947-1948)
「悲しみの小径」(1955)ドゥニーズ・サントール詩


~ 休   憩 ~  

  外山 道子Michiko TOYAMA(n.1913)
<歌  曲>

『やまとの声』(1937)より
-「祈り」(万葉集)
-「やまびこ」(古今集)

  吉田 隆子Takako YOSHIDA(1910-1956)
「ポンチポンチの皿回し」(1931)中村正常詩
「鍬」(1932)中野玲子詩
「君死にたもうことなかれ」(1949)与謝野晶子詩

松島 彜Tsune MATSUSHIMA(1890-1985)
<ヴァイオリン曲>     「プレリュード」(1924)

吉田 隆子Takako YOSHIDA(1910-1956)

    「ヴァイオリン・ソナタ ニ調」(1952)

 
出演

奈良 ゆみ Yumi NARA (ソプラノ)
小林 美恵 Mie KOBAYASHI (ヴァイオリン)
花岡 千春  Chiharu HANAOKA (ピアノ)

 

Tsune MATSUSHIMA (1890-1985
<Piano solo> Valse (1933)
Feuilles d’album (1935)

Kikuko KANAI (1906-1986)
Extreits de “Suite de la danse d’Okinawa” (1940?)
-Jeunes filles au clair de lune

<Chant+Piano>
Extraits de “Chants d’Okinawa” (1962)
-Mesdames et Messieurs texte: Ichiro KISHIWA
-Hibiscus texte : Chosin KABIRA

Kyoko WATARI (1916-1974)
Un jour à la plage (1966) texte : Masao TSURUMI
Les bavardages de maman (1968) texte:Tamizo SHIBANO

Germaine TAILLEFERRE (1892-1983)
<Piano solo> Fleurs de France (1930)

<Violon+Piano>
Sonate pour violon et piano (1947-48)
La rue chagrin (1955) texte: Denise CENTORE
~ ENTRACTE ~
Michiko TOYAMA (n.1913)
<Chant+Piano> Extraits de “Voix de Yamato” (1937)
-Piere texte:Mannyo-shû
-L’Echo texte:Kokin-shû

Takako YOSHIDA (1910-1956)
Ne meurs pas, mon frère (1949) texte:Akiko YOSANO
La houe (1932) texte:Suzuko NAKANO
Complainte du jongleur (1931)
texte:Masatsune NAKAMURA

<Violon+Piano>
Sonate pour violon et piano en Ré (1952)

作曲家紹介 Compositrices

松島 彜(1890-1985)
Tsune MATSUSHIMA

日本の女性作曲家のパイオニア。教材用作品や校歌、管弦楽曲、チェロ、ヴァイオリン、ピアノ作品、声楽曲と幅広いジャンルに渡る作品を数多く遺す。東京音楽学校では外国人教師にピアノの指導を仰ぎ、研究科からチェロ教師ヴェルクマイスターの下で正式に作曲を学ぶ。研究科在学中に女子学習院の教官を拝命、更に文部省音楽教科書編修委員にも任命される。大正期には作品発表会を2度開催。学習院退官後は仏教音楽の研究に専念した。

Tsune MATSUSHIMA(1890-1985) Une des plus importantes devancières de compositrices japonaises. Elle a écrit des oeuveres nombreuses dont compris “Ouma”, une chanson pour enfants très populaire. A Tokyo Ongaku Gakko, elle a étudié surtout la composition sous la direction de Heinrich Werckmeister. Nommée professeur de Gakushu-inn, école pour les filles des aristocrates alors qu’elle était encore étudiante. Elle contribue à rédiger les livres scolaires de musique à la demande du ministère d’éducation. Dans les années 1920 elle a donné deux concerts de ses oeuvres avec grand succès et en 1929 elle publie “Le traité de jeux de Piano”. Après avoir démissionne de Gakushu-inn, elle s’est consacrée à la composition de la musique bouddhiste.

金井喜久子(1906-1986)
Kikuko KANAI
沖縄県宮古島に生まれる。一貫して沖縄民謡の旋律と素材を基調に置いた作品を手掛け、最近の沖縄音楽のブームとともに注目を集めている作曲家。1944-47年にかけて「交響作品発表会」を開催し成功を収め、1950年には作曲グループ「白濤会」を組織する。また舞台音楽にも関心を示し、オペラ《沖縄物語》、歌舞伎劇《唐船物語》、沖縄を舞台としたアメリカ・MGM映画『八月十五夜の茶屋』(1956)の音楽を担当した。

Kikuko KANAI (1906-1986) Née a Okinawa, elle étudie la composition à Tokyo Ongaku Gakko, encouragée par son mari. En 1944-47, avec ses oeuves symphoniques elle a organisé plusieurs concerts consécutifs sous sa propre direction. En 1954 elle a participé à la 7e conférence internationale de la musique ethnique donnée à San-Paulo de Brezil comme déléguée japonaise. La même année, elle a rédigé un livre théorique sur chants d’Okinawa auquel Mainichi Shinbun a décerné le prix de la meilleure publication culturelle. Parmi ses oeuvres, on compte aussi des opéras et pièces théâtrales à la manière de Kabuki. Sa musique basée entièrement sur la gamme de Ryukyu utilisant la mélodie folklorique suscite aujourd’hui un vif intérêt même en Europe

吉田隆子(1910-1956)
Takako YOSHIDA
反戦と女性解放を生涯、主張し続けた作曲家。日本女子大学附属高等女学校卒業後、橋本國彦に作曲を師事、ピアノ曲《カノーネ》、歌曲《ポンチポンチの皿廻し》を発表し作曲家としてデビューを飾る。その後フランス音楽に傾倒し菅原明朗に師事するが、1932年プロレタリア音楽同盟(PM)に加盟、PM解散後は「楽団創生」を創立した。戦後、歌曲《君死にたもうことなかれ》(与謝野晶子 詩)を作曲、更にこの曲のオペラ化に着手したが、未完のまま46歳で病没する。

Takako YOSHIDA (1910-1956) Compositrice persévérant dans son opposition contre la guerre et luttant pour la libération des femmes. Elle étudie avec Meiro Sugawara, et se montre intéressée par Moussorgsky et ainsi que par la musique moderne française. En 1932, elle adhère à l’alliance prolétarienne de musique (PM) et à la suite de sa dissolution, elle forme elle-même un groupe de compositeurs pour soutenir la musique d’avant garde en introduisant la musique ethnique. Elle écrit une cirtique toute libérée de contrainte de cette epoque, et souvent sous un pseudonyme, une critique clairvoyante et pleine d’esprit novateur. Elle est morte de maladie produite par un long séjour en prison et causée par son intense activité contre la guerre.

外山道子(1913年生まれ)
Michiko TOYAMA
日本人として初の国際コンクール入賞者。また、A.コーエンの『国際女性作曲家事典』の中で日本人としては最もスペースを割いて紹介されている。大阪に生まれた外山は、1930年に単身フランスに渡る。1937年エコール・ノルマルに入学し、N.ブーランジェにソルフェージュを師事、J.イベールに推挙され、1937年第15回国際現代音楽協会主催の音楽祭に《やまとの声》を応募し入賞を果す。1954年パリ国立音楽院に入学、ミヨー、メシアンに師事し、作曲科の学位を取得した。

Michiko TOYAMA(n.1913) Première japonaise à être couronnée au concours international de composition. Née a Osaka, Toyama est allée toute seule à l’âge de 17 ans en France. Entrée a l’Ecole normale de musique de Paris, elle étudie le solfège avec Nadia Boulanger. Plus tard en 1954 au Conservatoire, elle est licenciée sous la direction de Milhaud et Messiaen. En 1937, recommendée par Ibert, elle a participé à la 15e fête musicale organisée par l’Association internationale de musique moderne. Elle a été élue lauréate pour sa composition “Voix de Yamato” pour soprano accompagnée d’un petit ensemble. Pionnière également dans le domaine de la musique électronique qu’elle a étudiée pendant 6 ans aux Etas-Unis.

渡 鏡子(1916-1974)
Kyoko WATARI

チェコ音楽の研究家、また評論家・翻訳者としても著名。1936年東京音楽学校本科作曲部の第1期生として卒業した。在学中は、安藤幸にヴァイオリンを、信時潔とK.プリングスハイムに作曲を師事。1961年O.ショウレックの『ドヴォルジャーク』の訳書を出版、63年には日本人女性として初めて「プラハの春」音楽祭に招待され、翌年ドボルジャーク博物館館長より「ドボルジャーク協会会員証」が贈られる。

Kyoko WATARI (1916-1974) Compositrice à l’esprit raffiné en même temps que chercheuse de la musique tchècque, traductrice, théoricienne. Sortie de Tokyo Ongaku Gakko, elle étudie le violon sous la direction de Ko Ando, la composition avec Kiyoshi Nobutoki et Klaus Pringsheim. En 1961, pour la traduction de la vie et les mèmoires de Dvorak écrit par Otaka Sourek, elle est, à ce titre, la première japonaise à être invitée au “Printemps de Prague”. Ses ouvrages “Smetana & Dvorak” (1966) et “L’histoire moderne des femmes japonaises- le cas de la musique” (1971) n’ont rien perdu de leurs mérite. Sa composition, excepté un Trio pour piano, violon, et violoncelle (1950), est concentrée sur les chants.

ジェルメーヌ・タイユフェール(1892-1983)
Germaine TAILLEFERRE

パリ音楽院で出会ったミヨー、オネゲル等とともに「フランス6人組」を結成。91年の生涯にオペラ、バレエ、映画音楽、吹奏楽を含む多彩な作品群を残した。古典的な枠組みの中に新鮮な響きと詩的な優雅さをたたえた作風が魅力的。このところ海外のCD録音と、国内でもコンサートにしばしば登場、回想録(『ちょっと辛口』)も出版されるなど、注目度が高まっている

Germaine TAILLEFERRE (1892-1983)Enfant précoce, admise au Conservatoire National de Musique à l’âge de 12 ans, elle remporte plusieurs premiers prix en 1910. Ensuite elle a formé le groupe des “Six” en 1920 avec ses camarades Milhaud et Honneger etc. Durant ses 91 années elle a légué de nombreuses oeuvres très variées allant de l’opéra, du ballet et de la musique de cinéma à la musique de chambre. Le charme de sa musique réside dans le fraîcheur et dans la clarté de la forme classique. Avec la publication de la traduction de ses “Mémoires à l’emporte-pièce”, accompagnée de nouveaux enregistrements étrangers, sa musique a suscité récemment un vif intérêt parmi les mélomanes japonais.

出演者紹介 Interprètes

奈良ゆみ (ソプラノ)
Yumi NARA

相愛女子大学声楽科卒業。日仏音楽コンクールでプルミエ・グランプリを受賞し、パリ国立高等音楽院に入学。パリ・フランス歌曲国際コンクールで芸術・文学特別賞を受賞。以後、パリを拠点としてヨーロッパ各地で盛んな演奏活動を展開。色彩感に溢れた声はとりわけ現代歌曲の分野における創造的な表現力で注目を集め、多くの作曲家が彼女に作品を捧げている。松平頼則<<モノオペラ源氏物語>>の歌い手として、日本の音楽・文化が西洋の現代音楽と結びつく可能性を示した

Yumi NARA (soprano) Sortie de Souai Women’s s College, section de chant. A la suite de son Premier Grand Prix au concours de musique franco-japonaise, elle a reçu une bourse du gouvernement français pour étudier au Conservatoire National de Paris, sous la direction de Camille Maurane entre autres. Depuis 1985, elle développe une carrière internationale avec un répertoire essentiellement de musique moderne, mettant en valeur la puissance expressive de sa voix et la qualité dramatique de l’interprétation. De nombreux compositeurs écrivent des oeuvres pour elle parmi lesquelles on peut citer “Le dit de Genji” de Yoritsune Matsudaira

小林美恵(ヴァイオリン)
Mie KOBAYASHI

東京芸術大学音楽学部器楽科卒業、安宅賞受賞。1990年ロン=ティボー国際コンクール・ヴァイオリン部門で日本人として初めて優勝。その後、フランスを中心にイタリア、ドイツ、ポルトガルでリサイタル及びオーケストラと共演、国内でも主要オーケストラと共演するなど本格的な活動を開始。1995、1996、1997年と毎秋、パスカル・ロジェ、長谷川陽子とのピアノ・トリオの演奏会が好評を博し、99年全国ツアー、2001年スイスのディヴォンヌ音楽祭に出演し、トリオの録音を行なった。

Mie KOBAYASHI (violon) Sortie de Tokyo Geijutsu Daigaku avec le prix d’Ataka décerné au meilleur étudiant de l’année. Première en tant que Japonaise, elle remporte, en 1991, le Grand Prix de violon du Concours International de Long-Thibaut. Depuis lors elle poursuit une carrière brillante non seulement au Japon mais aussi en France, en Italie, en Allemagne et au Portugal comme soliste et joue avec les plus grands orchestres du monde. En 1995, elle a formé un trio avec Pascal Roger, piano, et Yoko Hasegawa, violoncelle et suscite depuis l’enthousiasme international. Sa discographie, déjà importante, est saluée par la critique.

花岡千春 (ピアノ)
Chiharu HANAOKA

東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。同大学院修了。パリ、エコール・ノルマルで研鑚を積み、同学院のアシスタントを務める。マリオ・ザンフィ・リスト国際ピアノコンクール、フィナレ・リグレ国際コンクールなどに入賞し、1982年パリでのコンサートを皮切りにイタリア、スイス、フランス各地で演奏。1920年代のパリの音楽シーンを彩る作品を集めた「花岡千春ピアノ演奏会」(1999)で芸術祭賞音楽部門大賞受賞。2002年タイユフェール作品のコンサートを企画・演奏し大好評を博す。

Chiharu HANAOKA (piano) Sorti de Tokyo Geijutsu Daigaku et de son cours de maîtrise. Après avoir étudié à l’Ecole Normale de Musique de Paris et y avoir travaillé comme assistant, il a gagné plusieurs concours internationaux de piano, celui de Mario Zamfi pour n’en citer qu’un seul. Depuis 1982 il donne des récitals en les grandes villes européennes. En 1999, il a été couronné du grand prix de musique dans le cadre de la Fête des arts au Japon pour son récital au programme ambitieux intitulé “Autour des années 1920 de Paris”. En 2002, ses deux concerts consecutifs, consacrés à Germaine Tailleferre ont eu un grand succès

コンサート報告

女性と音楽研究フォーラム・コンサートinパリ 玉川裕子


 2003年3月28日、女性と音楽研究フォーラム初の海外におけるコンサートが、パリの日本文化会館において開催された。プログラムは、日本の女性作曲家5人とタイユフェールの作品からそれぞれ数曲ずつが選ばれ、花岡千春(Pf.)、奈良ゆみ(Sp.)、小林美恵(Vl.)の各氏によって演奏された。以下、フォーラムの会員としてはただ一人、聴くことだけを目的に参加した者として、おもに当日の演奏についての感想を述べさせていただく。

「知られざる曲」と演奏―傑出した花岡千春氏のピアノ終演後の演奏者たち

 何よりも特筆すべきは、ソロおよびアンサンブル・ピアニストとして、全曲にわたって出演した花岡千春氏の演奏である。彼は、曲の様式や構造その他をすみずみまで把握し尽くしたうえで、音の生成する現場では即興的要素も加えつつ、それぞれの曲の持ち味を、繊細かつ多彩な音色で表現し尽くした。私は常々、「知られざる」曲を演奏するときほど、演奏者の役割が重要になってくると思っている。もし、ある程度クラシック音楽に興味のある人がモーツァルトやベートーヴェンを聴いてつまらないと感じた時、多くの人は、曲ではなく、演奏者が悪いと考えるだろう。しかし、「知られざる」曲――とりわけ「知られざる」作曲家の――を聴いて退屈を覚えた時、その原因は曲にあると考えることが多い。それはしばしば、「だからこの曲が『知られざる』曲であるのは当然だ」という結論にまで導かれる。

当夜、花岡氏は、この危険性を見事に回避していた。たとえば、松島彜の2曲のピアノ曲。簡素なたたずまいのこれらの曲は、普通に演奏すれば、「面白みのない曲」と思われかねない。しかし、花岡氏は、簡素な楽譜から、曲のエッセンスとでもいうべきものを引き出し、気品に満ちた珠玉の小品を聴き手の耳に届けた。また、歌曲の伴奏においては、仮に歌がなく、ピアノパートのみ聴いていたとしても、いま何が問題になっているかが如実に伝わってくるような、繊細でニュアンス豊かな自在な演奏を聴かせた。氏の演奏に聴きいっていると、私はいつも耳が澄んでいくような気がする。

歌のメッセージ性―奈良ゆみ氏のドラマティックな歌唱

 奈良ゆみ氏の声は、非常にドラマティックで、ストレートである。今回のコンサートでもその本領が遺憾なく発揮された。当夜もっとも拍手を浴びたのは――米のイラク攻撃が始まって一週間ほどの時期だったせいもあると思われるが――、日露戦争時に与謝野晶子によって詠まれた反戦詩をテキストとした吉田隆子作曲の《君死にたもうことなかれ》である。ここでは、奈良氏の重みのある声質が、曲の求める響きと一致し、与謝野晶子-吉田隆子-奈良ゆみとつながる三者の反戦に対する思いが激しく表出された。有節歌曲形式で5番まである歌詞は長すぎるので一部カットするという案も事前に出たが、歌詞の内容を大切にしたいという演奏者の意向で全曲歌われることになったのは、反戦意思の明確な表明と理解され、それはそれで重要なことだったと思う。

だが正直なところ、同じ旋律が何度も続くと、簡素なだけに、さすがに退屈なところもあった。歌詞の内容に応じて、歌い方にもうひと工夫あったならばと思われなくもなかった。それは、金井喜久子の《東西東西》や吉田隆子の《ポンチポンチの皿回し》などのコミカルななかに社会風刺をこめた曲でより強く感じたことであった。曲調の変化にもう少し鋭敏に反応して、軽やかさやひねりや陰影などのニュアンスも多彩に表現されていたならば――たとえばピアノパートに聴かれたように、あるいは、奈良氏自身が渡鏡子の2曲において示していたように――、もっと奥行きのあるものになったのではないだろうか。 

作品のレパートリー化―小林美恵氏の説得力のあるヴァイオリン演奏

小林美恵氏のヴァイオリンは、タイユフェールでは、最初こそ、多少不安定なところがあったが、すぐに波にのり、ピアノと絡みあいながら、生き生きとした洒脱な音楽を響かせた。西洋古典音楽のスタイルで書かれた松島彜の《プレリュード》も、彼女のピアノ曲と同様、簡素なつくりだが、大変ていねいに演奏され、この曲のもつのびやかな息吹が伝わってきた。続く吉田隆子の《ヴァイオリン・ソナタ》は、当夜の白眉だった。小林氏は、この音はこうあるしかない、と思わせる説得力のある響きで一音一音を積み重ねていき、ピアノとともに、この曲のもつ立体的で彫りの深い構造を明確に表現し、充実した多層的な響きの世界を作りあげた。この曲が、多くのヴァイオリニストのスタンダードなレパートリーとなって、多様な切り口からさまざまに演奏されることを願わずにはいられない。 

異議申し立て―「女性作曲家」の作品はなぜあまり演奏されないのか?

「女性作曲家による作品」という共通項を除けば、さまざまなタイプの作品が並べられた当夜のプログラムは、「女性作曲家」という括りが、「男性作曲家」という括りが何の意味も持たないのと同様、作品そのものを理解する助けとはならないことを、明らかにしていたと思われる。実際に作品が演奏され、聴かれることによって初めて、個々の作品の意味や価値についての議論を始めることができるのだ。「女性作曲家の作品による」と銘打った場合、作品そのものの質は作品によって問われるべきであるにもかかわらず――その際、ジェンダーの要因が作品の質そのものに、どのように、どの程度関わってくるかについては、私には現時点では未解決の問題が多く、立場表明できない――、「女性」ということを根拠として、作品そのものを問われる場にそもそも到達することすら許されないことの多かったこれまでの認識枠組に対する異議申し立て、と私は理解している。当夜のコンサートは、ある作品が知られ、あるいは知られていないのは、その作品の質のせいばかりでなく、音楽の生産や受容の場に働いている(広い意味での)政治力学の結果でもあることを、さまざまな形で示していたといえるだろう。また、この力学ゆえにこれまで演奏される機会の少なかった作品を、ほんのわずかにすぎないとはいえ、すばらしい演奏で紹介することによって、音楽世界をより豊かなものとしていくために、ささやかながら貢献したといえるだろう。

レクチャー報告

レクチャー『20世紀日本における女性作曲家の軌跡』報告 小林緑


パリ・日本文化会館1階の小ホールは客席数およそ80。コンサートならばいざしらず、「日本の女性作曲家」という大変に特殊で地味なテーマのレクチャーにパリの関心が集まろうとは、正直に言ってほとんど期待できなかっただけに、定刻の6時を待たずして満席の状況は主催者として望外の喜びであり、来会者に改めて御礼申し上げたい。

講演の概要

 講演者辻浩美氏はお茶の水女子大学博士課程在学中で、当フォーラムの一員。通訳はパリ在住の美術研究者大島礼子氏。当初予定していた上智大学教授長谷川イザベル氏ご自身が発病で來仏を断念され、代役のNHKパリ支局マドレーヌ・フェ-ヴル=ダルシエ氏も、あのサルス疑惑で当日突然不可能となったため、開演直前に急遽お願いしたにもかかわらず大島氏が快くお引き受けくださったことに、心から感謝申し上げる。

講演の前半は、19世紀末西洋クラシック音楽受容からコンサートに登場する5人の女性が活動した20世紀中葉までの日本における「女性と音楽」の概史に、後半は5人の生涯とその創作に関する個別説明にあてられた(講演全体は当フォーラム会報第3号を参照)。小ホールでの辻浩美講演 通訳:大島礼子氏(写真提供:有馬絵里子氏)

伝統の国楽に替わり「音楽」といえば「クラシック」を指すまでに成功した政府の欧化政策。その演奏・教育現場を大方女性が担ったのは、軟弱な歌舞音曲は本来男の仕事に非ず、家に留まる女の精神安定に効能ありとする当時の支配層の観方に起因すること。だが作曲界のみは明らかな男性優位。ドイツ古典・ロマン派からフランス印象派、新たな民族様式への推移という日本の洋楽史の縮図を今回の女性作品も示しているにもかかわらず、今日なお彼女たちの存在はほとんど無視されたままだ…前半のこうした指摘に対し、作曲家各論の後半よりも聴き手が敏感に反応したさまが、質問の内容にはっきり反映した。

質疑をめぐって

フランスの女性作曲家・教師連合代表のピエレット・ジェルマンは「パリ音楽院作曲科の日本人も女性が断然多いのは、作曲家という職業が男性の名誉と感じられないためか」と尋ね、スイスの音楽と女性フォーラム代表のイレーヌ・ミンダーは「日本の音楽人口の女性多数は、西洋音楽という全くの異文化ゆえに伝統・男性社会から隔離できた結果でもあろうが、女性にもいずれ男性に扶養されるまでの猶予期間と捉える姿勢があるのでは」と問う。辻氏の答えは何れも男尊女卑の日本社会において、女々しいとされる音楽の占める特殊な位置を強調するものだったが、ドイツから駆けつけた作曲の留学生は、日本よりもドイツなら女性がまだしも職業人として活動できる可能性を感じると発言。一方、日本で作曲・理論を教えている知己の女性が日本の音楽界はいわれるほど女性多数ではないと反論、はからずも一部の有名男性を念頭に置き自らを「名誉男性」化した女性の存在が露になって想い複雑だった。議論伯仲という段階で時間切れはまことに残念、しかし参加者に十分満足感を与えたレクチャーであったと思う。当夜に先立ち、フランスの友人からタイユフェールと5人の日本女性の接点を聞かれていた私にとっては、ストラヴィンスキーの影響(外山)、父親の音楽家蔑視(松島)などに答えが一部見出され、有難かった。