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レクチャー報告

レクチャー『20世紀日本における女性作曲家の軌跡』報告 小林緑

パリ・日本文化会館1階の小ホールは客席数およそ80。コンサートならばいざしらず、「日本の女性作曲家」という大変に特殊で地味なテーマのレクチャーにパリの関心が集まろうとは、正直に言ってほとんど期待できなかっただけに、定刻の6時を待たずして満席の状況は主催者として望外の喜びであり、来会者に改めて御礼申し上げたい。

講演の概要

 講演者辻浩美氏はお茶の水女子大学博士課程在学中で、当フォーラムの一員。通訳はパリ在住の美術研究者大島礼子氏。当初予定していた上智大学教授長谷川イザベル氏ご自身が発病で來仏を断念され、代役のNHKパリ支局マドレーヌ・フェ-ヴル=ダルシエ氏も、あのサルス疑惑で当日突然不可能となったため、開演直前に急遽お願いしたにもかかわらず大島氏が快くお引き受けくださったことに、心から感謝申し上げる。

講演の前半は、19世紀末西洋クラシック音楽受容からコンサートに登場する5人の女性が活動した20世紀中葉までの日本における「女性と音楽」の概史に、後半は5人の生涯とその創作に関する個別説明にあてられた(講演全体は当フォーラム会報第3号を参照)。小ホールでの辻浩美講演 通訳:大島礼子氏(写真提供:有馬絵里子氏)

伝統の国楽に替わり「音楽」といえば「クラシック」を指すまでに成功した政府の欧化政策。その演奏・教育現場を大方女性が担ったのは、軟弱な歌舞音曲は本来男の仕事に非ず、家に留まる女の精神安定に効能ありとする当時の支配層の観方に起因すること。だが作曲界のみは明らかな男性優位。ドイツ古典・ロマン派からフランス印象派、新たな民族様式への推移という日本の洋楽史の縮図を今回の女性作品も示しているにもかかわらず、今日なお彼女たちの存在はほとんど無視されたままだ…前半のこうした指摘に対し、作曲家各論の後半よりも聴き手が敏感に反応したさまが、質問の内容にはっきり反映した。

質疑をめぐって

フランスの女性作曲家・教師連合代表のピエレット・ジェルマンは「パリ音楽院作曲科の日本人も女性が断然多いのは、作曲家という職業が男性の名誉と感じられないためか」と尋ね、スイスの音楽と女性フォーラム代表のイレーヌ・ミンダーは「日本の音楽人口の女性多数は、西洋音楽という全くの異文化ゆえに伝統・男性社会から隔離できた結果でもあろうが、女性にもいずれ男性に扶養されるまでの猶予期間と捉える姿勢があるのでは」と問う。辻氏の答えは何れも男尊女卑の日本社会において、女々しいとされる音楽の占める特殊な位置を強調するものだったが、ドイツから駆けつけた作曲の留学生は、日本よりもドイツなら女性がまだしも職業人として活動できる可能性を感じると発言。一方、日本で作曲・理論を教えている知己の女性が日本の音楽界はいわれるほど女性多数ではないと反論、はからずも一部の有名男性を念頭に置き自らを「名誉男性」化した女性の存在が露になって想い複雑だった。議論伯仲という段階で時間切れはまことに残念、しかし参加者に十分満足感を与えたレクチャーであったと思う。当夜に先立ち、フランスの友人からタイユフェールと5人の日本女性の接点を聞かれていた私にとっては、ストラヴィンスキーの影響(外山)、父親の音楽家蔑視(松島)などに答えが一部見出され、有難かった。